お役立ち情報【恋愛】

陰キャの分際で1年間に2回も彼女を作った恋愛マニュアル ~コミュ障克服~

学生時代は根暗でボッチだった

彼女が欲しい!と思いつつも奥手で声がかけられない

女子に気持ち悪いメッセージを送り続けていた私が

ちょっとした工夫で

年間に2人も恋人を作れるようになった話

おはようございます!岩倉です。

本日は前回の続きという事で

学生時代は陰キャ根暗ボッチだった私が年間に2回も恋人を作れるようになった経緯を元に

コミュ障の人はどうしたら恋人が出来るのか解説していきます。

 

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では本題に入る前に、ササっと私の経歴についておさらいしておきましょう。

私の経歴

1991年 三重県伊賀市で誕生

1994年 愛知県名古屋市に引っ越し 

1995年 名古屋市内の幼稚園に入園

1999年 神奈川県厚木市に引っ越し

 

経歴って、そういう事ですか!?

 

私の生年月日とか、どうでもいいですね笑

では、7年ほどスキップしますね。

 

2006年 神奈川県内の高校に入学

岩倉のボッチライフの始まりであった。片手で数えられる程いた友人は皆バラバラになってしまい、モタモタしているうちに周りは仲良しグループが出来てしまって完全孤立。図書室の司書さんが唯一の話し相手だった。あと、その頃ハマっていたゲームのキャラクターに憧れて長髪を目指し、最終的にダラしないキモロン毛君になりました。親からは“髪を切りなさい”とずっと言われていた。因みに夏休みには各自職場体験に行く事になっていたのだが、私は根暗を拗らせすぎて1人で葬儀屋に行ってました。

 

2007年 修学旅行を拒否る

一匹狼を1年間経験して、この頃の私は1人でいることに完全に耐性が出来ていました。休み時間はイヤホンを付けて机に突っ伏し寝たふり。入学祝に買ってもらったPS3も永遠と1人でやっていました。学校内で唯一の話し相手だった図書室の司書さんが、くも膜下出血で学校内で亡くなり、いよいよ話し相手すらいなくなる。11月に沖縄に修学旅行だったが親に“行きたくない!”と泣きつく。まあ、申し出は却下されましたが。結局沖縄でも適当なグループに放り込まれて団体行動はしてましたが美ら海水族館は1人で回り、ホテルでは皆が戻ってくるまで部屋で1人でゲームしてました。見かねた担任に呼び出され“もう少し皆の輪に入れよ”と諭される。旅行中にはカメラマンも同行していたが私が写った写真は集合写真のみだった。

 

2008年 危機感を覚える

クラスでも完全に空気のような存在だったので殆ど知られていないが、英語と体育と化学を除けば他の成績は学年トップだった。内申点も良かったので県内の私立大学に推薦合格が決まる。そして進路が決まって一安心し、隣の席の女の子に一目ぼれ。儚い恋に終わり己の無力さを知り、いよいよ危機感を覚えました。12月からアルバイトを開始。岩倉のコミュ障克服の修行がスタートする。

 

以上で、私の高校3年生までの経歴は以上になります。

 

読んでいただくと分かる通り高校3年間、私はずーーーーっと1人ぼっちでした。

恋人どころかガールフレンドも男友達すらもいません。

こんな悲惨な高校生活を送っていたものだから

未だに高校の同窓会の案内とか1回も来ません。

まあ来ても行かないですが、多分私….

死んだと思われてます。

まあ存在が認知されていたのならまだマシです。

岩倉と言う存在すら無かったことにされているのなら

その方が悲しいです笑

具体的な改善策

前回の記事で紹介したとおり、当時高3だった私は“このままじゃいかん”と危機感を覚えました。

そこで始めたのがコンビニのアルバイトです。

数あるアルバイトの中から何故コンビニを選んだかと言うと….

 

理由はありません

 

強いて言うなら家から比較的近い距離にあったから通勤が楽だと思いました。

コンビニアルバイトの経験がある方ならピンと来るかもしれませんが

コンビニの仕事って意外と多いんです。

 

私がアルバイトを始めた頃は、まあ私の場合はセブンイレブンだったので

ちょうどnanacoカードが導入され始めた頃でした。

高3の私が受けた仕事

・レジ

・品出し

・調理(揚げ物・中華まん・おでん)

・カード会員登録

・宅配便受注

・配達

・清掃

 

はい。以上です。

これだけの業務を各時間帯2~3人でやります。

とは言え私の場合は神奈川県某所の田舎のコンビニですから

そんなにお客さんは多くありません。

店内にお客様0のタイミングでババっと仕事を済ませてスタッフ同士で雑談するのが

私が働いていたお店のスタイルでした。

そして、私がメインで働いていた17時~22時の時間帯は同い年位の学生が働いている率が

非常に高いです。

まずはコミュ障を治そう

コミュ障を治すために始めたアルバイトでしたが

始めから上手くいくハズがありません。

せっかく始めたバイト先でもスタッフと上手くコミュニケーションが取れず孤立。

 

…と、思いきや

 

孤立はしませんでした。

 

多くの職場では大抵、新人アルバイトは孤立しないように気を使われます。

ここで愛想良くするか不愛想にするかで、その後の相手からの接し方が変わってきます。

幸い、同い年の子が親身に私に仕事を教えてくれたので早々に業務はすべて覚えました。

少しずつですがスタッフともお話しできるようになりました。

それでもやっぱり女の子と話すのは緊張しました。

だから最初のうちは男子やパートのおばちゃんと話していました。

 

こちとら、コミュ障・根暗・陰キャに加えて

女性慣れしていないチェリーボーイです。

 

始めのうちは、無理せず比較的話しやすい人とのコミュニケーションからスタートさせましょう。

 

そして3カ月後

 

それまで一番下っ端だった私に待望の後輩が出来ました。

そして、この頃にはコミュ障もかなり改善され、男子やパートさんとなら普通に話せるまでに成長しました。

ただし女の子は苦手でした。

同い年のキレイな女の子が17時~22時の時間帯で一緒に働いていたのですが

緊張して目を見て話すことが出来ず、あろうことか彼女に対して敬語を使っちゃってました。

 

これ、コミュ障男児あるあるです。

そして、遂に指摘されました。

 

女「あ!岩倉君。あとで肉まんのストック用意しといてくれる?」

私「ふ!ひひぇ!?分かりましたたた…」

女「何でいつもソワソワしてるの?」

私「ぶひぇえぇえぇ…だ、大丈夫です。」

女「…あのさあ、同い年なんだから敬語やめようよ。」

私「!!!?」

 

私がバイトを始めた当初から凄く親切に仕事を教えてくれた彼女が初めて怒った瞬間でした。

それから私は彼女に対して敬語を使うのをやめました。

最初は凄く抵抗ありましたが、徐々にタメ口にも慣れてきました。

 

私「神崎さん、し、品出し終わった..よ。」

女「ありがとー!岩倉君、品出し早くなったね。」

私「そ、そんなことないさ笑」

 

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★重要点★

コミュ障男児にありがちな“誰にでも敬語”は、一見礼儀正しい様にも思えますが

同い年や年下の子にまで使っていたら逆に情けない印象を受けますし、何より相手からしたら壁を作られているようで不愉快な思いをするらしいです。

お互いが社会人で、相手の勤務歴の方が長いのなら同い年でも敬語の方が望ましいですが、たかだかアルバイトの関係なら敬語なんて使う必要ありません。

ガチガチの敬語を使ってくる奴とフレンドリーに話しかけてくる奴と、どっちと友達になりたいですか?

私なら断然、後者です。

 

そして後輩の話…

高校1年生の女の子でした。

私の働いていたコンビニがそうなのかもしれませんが、何故かJKが働きに来る率が非常に高く、時間帯によっては私以外のスタッフが皆JKという事もよくありました。

神崎の一件で多少は女性に対する恐怖心も無くなっていましたが

やっぱりまだまだ緊張していました。

今思えば素敵な時間でした笑

当時は私も高校生だったので犯罪では無いです。

環境に慣れてきた私は次第に調子に乗り始めました。

少しずつ、女子相手でもコチラから難なく話しかけられるようになり連絡先の交換とかもしました。

彼女たちと仲良くなるコツは、シフト交換のお願いを積極的に聞き入れてあげた事です。

 

女1「岩倉さん、今週の金曜日シフト変わってくれませんか?」

私「いいお!」

女2「岩倉さん、日曜日ってお仕事入れたりしますか?」

私「いいお!」

女3「岩倉さん、もし駄目ならいいんですけど明日のシフトを…」

私「いいお!」

男1「岩倉君、今週の土曜のシフト代わってくれないかな?」

私「あ、ゴメン。その日は用事あるから。」

 

これはバイト先で交友関係を広げる策として非常に有効です。

バイト先によっては仕事を休みたい時は原則自分で代りを見つけなければならない所もあります。

もし代わりが見つけられなかったらどうしよう

そんな不安な気持ちになる事もあります。

そんな悩める人の灯になってあげるのです。無理のない範囲で…。

そうする事で周りからしてみれば使い勝手の良い駒優しい人という印象を持たれます。

すると一目置かれるようになります。

シフトの交換を積極的に受け入れるようになると次第に相手側から連絡先の交換を申し込んで来たりもします。

当時はLINEが無かったのでEメールアドレスと電話番号の交換が主流でした。

私のアドレス帳は父・母・弟・爺・婆のみで構成されていましたが、この頃から爆発的に増えました。

お蔭さんで連日働き続けた私はオーナーからの信頼も厚くなり、次第に自分に自信も持てるようになりました。

まあ、働き過ぎで毎年11月くらいから年末調整に引っかかってシフト大幅に削ってましたが笑

 

コミュ障もほぼ無くなり、根暗も治り、大学では友達も出来たのでボッチも卒業しました。

もう怖いもの無しです。

この世をば 我が世とぞ思う 望月の 欠けたる物も 無しと思えば

お調子に乗り過ぎて大失敗

自分自身が変わっていった事に快感を覚えた私は、いささか暴走し始めていました。

新しく新人の子が入ってくると積極的に話しかけるようになったり…

まあそれは良い事だと思うんですが

若干、先輩風を吹かせすぎていましたね笑

後輩が増えると同時に先輩も辞めていき、いつの間にか私はリーダー格まで昇り詰めていました。

そんなある日の冬の事、超絶好みの高1の女の子が新しく加わりました。

嬉しくて嬉しくて、積極的に仕事を教えていきました。

 

可愛い子って絶対、親身に仕事教えてもらえるから上達が早いですね。

逆に男子やイケてない女子って、そこまで親身には指導してもらえないので上達は遅いです。

人の世は露骨に出来ていますね。

 

そして彼女のある一言が私の心に響きました。

 

岩倉さんって頼りになりますね

 

はい。落ちました。

 

 

 

こういう失敗を知らずに大人になっていくと、もし片想いの女性が出来た時に気持ちを拗らせすぎてストーカーになってしまう恐れがあるからです。

この頃の私はストーカー予備軍みたいな感じでした。

が、ここから怒涛の這い上がりで再び参政の座に返り咲き

後に私の初彼女となる子と出会う事になるのであった。

 

では、本日はここまで。

 

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